脳腸相関について、何となく意味は理解できても、具体的な仕組みや働きはよくわからない方は多いのではないでしょうか。「第二の脳」とも呼ばれる腸は、私たちの想像以上にさまざまな働きをもち、私たちの体に影響を与えているのです。
本記事では、脳腸相関が意味する脳と腸の関係や、腸が消化以外にもつ3つの機能、腸内環境を整える方法を解説しているので、参考にしてください。
脳腸相関とは脳と腸が密接に関わり影響を及ぼしあうこと
かつての研究では、全身を支配するのは脳の役目であり、腸など末梢臓器に指令を出すと考えられていましたが、近年の研究では、私たちの健康に腸内細菌叢が大きく関与していることがわかってきました。さらに、腸と脳の間で双方向に影響しあう「脳腸相関」という概念も注目されています。これは、腸内細菌を含む腸の機能が脳に影響を及ぼし、その逆も起こりうるというものです。
「第二の脳」である腸と脳の関係
近年の研究で、腸は脳からの指令がなくても、腸内細胞で自身の働きをコントロールしていることがわかってきました。腸は消化管内で得た情報を脳に伝え、脳から全身へ影響を与えていることも明らかになっています。そのため、腸は「第二の脳」と呼ばれています。
たとえば、緊張や不安が腹痛や摂食障害を引き起こしたり、過敏性腸症候群として慢性化し、ストレスによる下痢や便秘を繰り返したりすることもあります。一方で、腸で起こるさまざまな生理的変化が、ストレス反応や行動に影響を与えることも知られています。このように、脳と腸は神経系、液性因子(体液による信号)、免疫系を通じて、互いに影響を与えあう双方向のネットワークを形成しており、これが「脳腸相関」と呼ばれる概念です。
脳腸相関に影響を与える腸内環境
腸内細菌にとって、宿主である体と平和的な共生関係を築き維持することは重要です。近年、脳腸相関の働きに腸内環境が関わっている可能性が高いといわれています。腸内細菌は、これまでおもに便通を促す役割として知られていましたが、ほかにも腸内細菌自身やその代謝物が腸細胞に影響し、免疫機能などの働きをサポートしていることが明らかになっています。
腸内細菌は、食事内容によって腸内フローラの構成、細菌の種類・数が変わるといわれます。さまざまな外敵に柔軟に対処するには、多様性のある腸内細菌が棲みついている腸内フローラが理想です。しかし、その多様性が崩れると、特定の病原菌が増殖し、腸の炎症から全身へ症状が現れます。これまでの研究から、腸内環境と関連が深いとされる疾患は以下の通りです。
精神神経系 | うつ病 |
不安障害 | |
統合失調症 | |
ASD(自閉スペクトラム症) | |
パーキンソン病 | |
消化器系 | 潰瘍性大腸炎 |
過敏性腸症候群(IBS) | |
代謝系 | 肥満 |
動脈硬化症 | |
2型糖尿病 | |
慢性腎臓病 | |
心臓疾患 | |
自己免疫系 | 1型糖尿病 |
関節リウマチ | |
アトピー性皮膚炎 |
精神神経系の疾患などは、便秘の頻度が高い傾向にあります。便秘は腸内細菌の構成と密接な関係があるため、これらの疾患と腸内細菌の関わりが注目されます。
消化だけではない!腸がもつ3つの働き
腸では、神経系、内分泌系、免疫系の機能が発達しており、食物の消化だけでなく、脳や全身への情報伝達、病原菌からの防御の役割も果たしています。それぞれの機能の働きについて、詳しく見ていきましょう。
神経系:独自ネットワークで情報処理し脳へ伝達
腸には、「腸管神経系」と呼ばれる独自の神経ネットワークが存在します。
腸管神経系は、食道から胃、小腸、大腸までの腸管の壁内にわたって、数億個の神経細胞が網目状に張り巡らされたものです。このネットワークによって、脳からの指令がなくても、腸管の運動・分泌・血流の調節など、高度で複雑な働きをしています。
腸管神経系からの情報は、脳神経のひとつである「迷走神経」を通じて脳に伝わります。迷走神経を通じて脳に情報が伝わると、さらに脳から各器官へ伝えられます。迷走神経は脳から末梢臓器までをつなぎ、双方向で情報伝達を行っていますが、実際は全体の70%以上が消化管からのものともいわれるほど、大量の情報処理をしている場所です。
内分泌系:食欲・消化・代謝をホルモンで制御
腸管は、体内でもっとも大きな内分泌器官とも呼ばれ、消化や代謝をコントロールしています。消化管で産生されたホルモンは、迷走神経を通じて脳へ伝達するほか、血中を通じて全身にわたって作用します。
実際に、私たちが空腹から満腹に至るまでには、消化管で分泌されたホルモンが関わっています。まず、空腹を感じるのは、消化管から脳へ伝達されたホルモンによるものです。ホルモンを受け取った脳は、私たちに空腹感と食欲を掻き立てます。そして、食事で血糖が上昇し始めると、インスリン分泌を促すホルモンを分泌し、膵臓からのインスリン分泌、満腹感誘導へと導きます。さらに、十分に食事が摂れたと腸管で感知したら、小腸から満腹ホルモンが分泌され、私たちは食事で満腹を感じることができるのです。
免疫系:口から侵入する病原菌からの感染を防御
腸管は栄養の消化吸収を行うと同時に、口から食べ物やウイルスなどの異物が入ってくるため、常に外部にさらされています。腸管には体内の免疫細胞の60%以上が腸管に集まっているといわれ、細菌やウイルスによる感染を防御するための「腸管免疫」が備わっています。
腸管免疫系は、おもに免疫誘導組織と免疫実効組織の2つです。免疫誘導組織には、小腸のパイエル板などがあり、細菌やウイルスなどの抗原を誘導し、免疫応答を開始します。
一方、免疫実効組織は腸管の上皮層と粘膜固有層などがあり、外敵が体内に侵入するのを防ぐために、T細胞やB細胞などが活動して抗体を産生し、腸の健康を保つ役割を担っています。
こうした腸管免疫の働きには、腸内細菌も関わっていることが明らかになっています。実際の研究では、無菌状態の動物とそうでない動物と比べたときに、無菌状態のマウスの方が、細菌やウイルス、寄生虫の感染に対する感受性が高いことがわかったからです。また、別の研究では、特定の免疫細胞が適切に働くのに腸内細菌が関わっていることも明らかになりました。
脳と腸の良好な関係をつくる2つの方法
私たちが脳と腸の良好な関係をつくる身近な方法は、食事で腸内の善玉菌を活発にすることです。
腸内細菌は、ビフィズス菌や乳酸菌といった体内で良い働きをもたらす善玉菌、大腸菌やウェルシュ菌など悪い働きをもたらす悪玉菌、どちらでもない中間の菌の3グループがあります。腸内で悪玉菌が増殖すると便秘や下痢の原因となり、体に悪影響を及ぼします。中間の菌は日和見菌と呼ばれ、善玉菌か悪玉菌の優勢な方へなびいて働きます。
良い腸内環境をつくるには、腸内の善玉菌を増やす、もしくは善玉菌の活動を活発にしましょう。そうすると腸内が酸性に傾くため、悪玉菌の活動を抑えて腸の活動を活発にするため、病原菌からの感染予防など健康維持に有効です。
善玉菌を活発にする2つの方法について、それぞれ解説します。
善玉菌を直接摂る「プロバイオティクス」
プロバイオティクスとは、生きた善玉菌を直接摂取する方法です。腸内の善玉菌が増えて悪玉菌の活動を抑え、腸内環境を整えます。プロバイオティクス食品には、発酵食品にビフィズス菌や乳酸菌が豊富です。
- 納豆
- 味噌
- 漬物
- ヨーグルト
- 乳酸菌飲料
- チーズ
- キムチ
プロバイオティクスは、腸内に長く棲みつくことはないため、毎日摂り続けることが推奨されています。そのため、朝食や白飯など日常的に食べるメニューに取り入れると、プロバイオティクスが習慣化しやすいためおすすめです。
腸内の善玉菌を増やす「プレバイオティクス」
プレバイオティクスとは、善玉菌のエサとなる食品を摂取する方法です。プレバイオティクス食品は、小腸で消化・吸収されずに大腸に到達し、善玉菌のエサとなります。エサを摂取した善玉菌は活性化し、腸内環境の改善につながります。プレバイオティクスには、オリゴ糖や食物繊維が豊富な食品が有効です。また、プロバイオティクスと組み合わせて摂ることを「シンバイオティクス」と呼びます。
オリゴ糖が豊富な食品 | 食物繊維が豊富な食品 |
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大豆 | 穀物(玄米・押し麦・オートミール・ライ麦など |
玉ねぎ | 野菜(切り干し大根・ごぼう・さつまいもなど) |
ごぼう | 果物(プルーン・アボカドなど) |
にんにく | きのこ |
アスパラガス | こんにゃく |
バナナ | 海藻(昆布・わかめ・もずく・寒天など) |
豆類 |
オリゴ糖は、急に大量に摂取すると下痢やお腹が張る場合があるため、特定保健用食品など市販されているものを摂るときは、注意が必要です。もし腹痛などの症状が出た場合は、一度に食べる量を減らし、徐々に体に慣れさせていくといいでしょう。食物繊維を多く含む食品は腸内環境を整えるだけでなく、血糖値の急上昇を抑え、血中コレステロール値を下げるため、生活習慣病予防にも効果的です。
食物繊維やオリゴ糖を十分に摂れているかを知るには、排便を確認するといいでしょう。1日1回150g程度(Mサイズの鶏卵3個分)の排便が規則的にされていれば、十分に食物繊維やオリゴ糖が摂れているといえます。また、善玉菌が優位で腸内が酸性に保たれているときは、便は黄色っぽく柔らかなバナナ状に、悪玉菌が増加してアルカリ性に傾いているときは、茶色から黒っぽい色になりやすいので、日常的にチェックしてみてください。
脳腸相関と腸内細菌の関わりを知り食生活に活かそう
脳腸相関とは、腸が脳の指令がなくても自ら働きをコントロールしながら、脳と双方向に影響しあう概念を指します。さらに、脳と腸の良好な関係を維持するには、腸内細菌の働きが欠かせないこともわかってきました。そのため、腸内細菌を整えておくことは、腸だけでなく脳や体全体の健康づくりにつながります。腸内環境を整えるには、ビフィズス菌や乳酸菌などの善玉菌の働きを活性化させることが大切です。記事を参考に、腸の働きを知って腸内環境を整えることを意識してみてください。